
生きがいとは?
生き甲斐(いきがい)とは、生きる甲斐、すなわち「生きることの喜び・張り合い」「生きる価値」を意味する日本語の語彙。
長寿地域を意味する「ブルーゾーン」の概念を広めたアメリカの研究者・作家であるダン・ベットナー(英語版)が、日本・沖縄の長寿の理由の1つとして「生き甲斐」(ikigai)に言及したことで、2000年代以降の欧米でも広く知られる概念となった。
Wikipedia
脳科学者の茂木健一郎さんはYoutubeの動画の中で生きがいとは「生きている実感」だとおっしゃられていた。私の考えでは、生きがいとは、「生きていて良かったという実感」である。
茂木さんも生きる理由と生きがいは違うとおっしゃられていたが、私も似たことを思っている。
私の考えでは、生きる理由・目的・価値・意味というのと、生きがいでは、順番が違うのだと思うのだ。
・生きる理由・目的・価値・意味→生きる
・生きる→生きがい
つまり、生きる理由・目的・価値・意味を見出した上で生きていくのと、生きてこそ生まれてくる生きがいというのは別の概念なのである。
私は引きこもっていたこともあって人生経験が人よりも浅い。だから、今まで生きがいを感じられた、生きていて良かったと思える経験というのは、あまり積むことができなかった。だから私には、先に生きる意味が必要だった。暗闇にいて、生きる理由を必要としている人たちがたくさんいる。
だけど、ひとたび生きることを始めたのなら、自分の足で人生を歩み始めたのなら、その先で積むべきは、生きていて良かったという実感、生きがいを感じられる経験なのではないだろうか。
私のイメージでは、生きがいを感じている人というのは、成熟した、それなりに人生経験を積んだ、年齢を重ねられた人のイメージである。
今の私は、生きる意味をアニメに見い出し、自分の人生を大切にするようになって、自分を見つけて、自分らしく生きていく決意をして、興味が拡がって、という世界線で生きている。それでもまだうっすらと残っていた、死にたいという気持ちも、ほんとか否か、死後に魂(霊)がどうなるのかという話を聞いて、今まで消えたいと思っていたが自分の存在・意識は消えないと聞いて、すっかり消え去ってしまった。もう死にたいという気持ちはひとかけらも残っていない。
そんな今の私だからこそ、生きがいを見いだせる人生というものに、少し惹かれる。生きがいは生きない限り生じることはない。自分の人生を生きて、色々な経験を経て、自分はこういうことをしていれば生きていて良かったという実感を持てるな。それこそが、自分の生きがいというやつなのである。
生きがいを目的に生きるのは順番が違っていて、おかしなことになる。けれど、これから先を生きて、年齢を重ねた先に、生きていて良かったと実感できる人生が待っていたら、ちょっと嬉しい。
今回の一曲
どこかで日は昇る / Mrs. GREEN APPLE
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