2-12 戦争についての考察

 戦争のさなかにある人はどんな世界観で生きているのだろう。

 私がその全てを想像することはできない。できないが、今回は戦争について考えてみたいと思う。

 戦争をなくすにはどうしたらいいのだろう。

 私たちは、一人一人世界観を持っている。このブログで何度も言っているように、その全ては本来自由なはずであるが、それを自分のコントロール下に置いている人はほとんど存在しないのである。

 そういう人がどんな世界観の中にいるかというと、他人が作った世界観の中に生きているのである。

 2-9 この世界の構造に書いたように、世界はストーリーでできている。その全てを一旦フィクションと考えてみてほしいのだ。すべてをフィクションと仮定したとき、問われるのはあなたの価値観だ。どんなストーリーの中で生きていたいか。本来、それはあなたが選ぶべきものであって、他人が決めてあなたをそのストーリーの中に閉じ込めてはいけないものなのだ。

 私の見立てでは、あまりに多くの人が、国が作ったストーリーや歴史として作り上げられたストーリーの中に住んでいるのである。自分の人種や出身などで自分の属性が決まっていて、その所属しているグループの世界観と自分を結びつけて、その中で生きているのである。

 だから、民族間の争い、宗教間の争い、国家間の争いを完全に自分事としてとらえてしまっているのである。自分の人生の課題だと考えてしまっているのである。実際、戦争で身近な人を亡くしているケースも少なくないわけで、そういう世界観にどうしてもとらわれてしまうのもわからなくはない。だけれども、あえて言う。そこから抜け出さねばならないと。

 万人が自分のストーリーだけを見つめたとき、個性持ちになったとき、もう誰も、戦争がしたいなんて思わないだろう。自分の人生と向き合って、本当にやりたいことと向き合ったときに、自分の唯一の人生の目的が殺し合いであるという人がそんなにいるとは到底思えないのである。

 私が個性持ちにこだわり続ける理由が、少しでもわかっていただけただろうか。一人一人が個人単位で好き勝手な人生を送り始めたとき、私は「万人の万人による闘争状態」とは「真逆の世界」になると想像しているのである。世界平和は、一人一人が自分のストーリーを歩み始めたときに実現すると私は考えているのである。

 戦争を完全になくす方法は、民族単位や国単位で考えていても見つからないのである。

  • より強固な武力を備えて牽制する?
    よりおぞましい戦争の予感しかしない。
  • より理不尽な要求をしている側を否定する?
    みんな自分の正しさの中に生きている。正しいことなどないのに。何かを正しいと信じている人がいる限り、他の考えとの対立は避けられない。対立がなくなることはない。万人が納得する、根本解決の手段とはなりえない。

 だから私は個人単位が大事だと思っているのだ。世界を変える前に、あなたの世界観を変えるべきだ。個人単位で分割してしまえば、よほどの動機がない限り殺し合いになることはない。何にとらわれて生きるかを、まず誰よりも自分が考えて、選びなおさなくてはならないのだ。自分だけの世界を生きる個性持ちだけの世界、それこそが、私の思う世界平和の実現された世界なのである。

今回の一曲

怪物 / YOASOBI

『BEASTARS』第二期オープニングテーマ

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